東京高等裁判所 昭和27年(う)2253号 判決 1952年8月30日
控訴人 被告人 関戸茂
弁護人 小町愈一
検察官 司波実関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、末尾添付の弁護人小町愈一作成名義の控訴趣意書と題する書面のとおりであつてこれに対して当裁判所は次のとおり判断する。
控訴趣意第二点について。
按ずるに、原判決挙示の証拠のうち、所論指摘の「三、司法警察員作成の森光照雄の第三回供述調書」につき証拠調の為されていることは、原審第二回公判調書の記載に徴し極めて明らかである。さればこれを証拠として挙示するも所論の如き採証法則の違反は毫も存しない。所論によれば、右供述調書の謄本は記録に編綴せられているが、其の原本は存在せず、而も其の原本に代えて謄本を提出するについての裁判所の許可手続はなされていない旨主張するけれども、既に原審第二回公判調書の記載に徴し、前記供述調書につき証拠調が為されて居り、而して該調書の謄本が記録に編綴されている以上は、原本に代え謄本を提出することについての裁判所の許可はあつたものと認むべきを相当とすべく、殊に刑事訴訟規則第四四条は、原本に代えて謄本を提出するについて裁判所の許可のあつたことを公判調書に記載しなければならないと規定してはいないので、原審公判調書に、この点に関する記載がないからと云つて、所論の如く裁判所の許可がなかつたと即断することは許されない。論旨はそれ故其の理由がない。
(その他の判決理由は省略する)
(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)
控訴趣意
第二点原判決は採証法則の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破毀を免れない。
原判決は被告人の強盗の犯罪事実を認定し、その証拠の一つとして、「三、司法警察員作成の森光照雄の第三回供述調書」を示しているが、本件記録を精査しても、右第三回供述調書は当らず、却つて昭和二十六年八月十二日に司法巡査仁科純男が作成した森光照雄の第三回供述調書謄本を見出すことが出来る元来供述調書は署名押印を根本的要件とするのにその謄本は供述者の署名、押印はないので原本と謄本との内容の同一性を確認させる為に謄本を提出する場合は特に裁判所の許可を要するものと規定されたものである。然るに、原審公判調書の記載に照しても何等か様な許可手続なくして、単に謄本を訴訟記録に編綴してあるにすぎないので、果してこの謄本が原審に於て調べられた森光照雄の第三回供述調書と同一内容であつたか否かは全く不明であると云わねばならず、而も原判決はこの第三回供述調書を罪証に供しているのであるから判決に影響を及ぼす訴訟手続の違反であると信ずるから原判決は破毀を免れない。
即ち、原審に於ける第二回公判調書によれば、昭和二十六年八月十一日に司法警察員が作成した森光照雄の第一乃至第三回供述調書の取調の請求があり、弁護人は、之を証拠とするに同意し証拠調がなされたことが明らかである。併し、その供述調書の原本に代え謄本を提出するにつき何等の許可手続がふまれていない。従て記録に編綴されている謄本が果して原本と同一内容を有するものであるか否かは知る由もない。刑事訴訟法第三百十条は証拠書類等について原本の提出を原則として、止むを得ない場合にその謄本の提出を許可せしめようとしたもので、この許可に際しては、その謄本が原本と同一の内容を有するか否かを審査せしめ、その同一性につき疑いがある場合には謄本の提出を許さないとしたものである。故にか様な許可手続がふくまれて編綴された謄本は原本と同一内容を有すると認められるので、か様な場合はその原本を証拠に採用してもその謄本により原本の内容が判明するが、併し、か様な許可手続がないのに謄本のみを記録に編綴し、而も原本を罪証に供することは、判決に影響を及ぼす訴訟手続の違反であると信ずる。(特報第四号四六頁、十五号一六八頁)尤もか様な場合結局原審に於ては原本の証拠調がなされ、而も原本を証拠に採用しているのであるから、判決に影響を及ぼす訴訟手続の違反とは云えない旨の判決もあるが(特報第十二号七〇頁)併しこの判決は、謄本を裁判所が任意に受理して居り、而もその内容は朗読されているので裁判所の許可を得て謄本を提出したと推定することができるからよいとする趣旨を前提としてか様な訴訟手続違反を救済しているのであるが、もしこの理論をもう一歩推進せしめるならば、か様な場合、その謄本を証拠として採用しても、その謄本も原本の内容が朗読されているから裁判所の許可を得て提出したものと推察し法令違反にならないと云う事になり、証拠調べをしなかつた謄本を証拠に表示する違法を許容することとなつて明らかに誤りであることが判る。従てか様な判決は到底認容することはできないのみならず、公判期日に於ける訴訟手続で公判調書に記載されたものは公判調書のみによつて之を証明できるとする刑事訴訟法第五十二条を無視すること甚だしいと考える。
更に附加するならば本件については、原審に於ては(一)昭和二十六年七月二十五日付中野定治の被害届 (二)同年八月十八日付検察官作成の右同人の供述調書 (三)同年七月二十五日付司法警察員作成の右同人の第一乃至第三回供述調書 (四)同年八月十三日付司法警察員作成の右同人の第四回供述調書 (五)同年八月十二日付司法警察員作成の福田茂雄の第一回供述調書 (六)同年八月十五日付右同第二供述調書 (七)同年八月二十日付右同第三回供述調書 (八)同年八月十一日付司法警察員作成の森光照雄の第一乃至第三回供述調書 (九)同年八月十五日付右同第四回供述調書 (十)同年八月十八日付右同第五回供述調書 (十一)同年八月二十一日付右同第六回供述調書――<以下省略>――を調べている。然るに記録に編綴されているところを精査すると、右の中の(三)は全部謄本(五)は謄本(八)は全部謄本が夫々編綴されているので、到底之等全部が裁判所の許可を受けて提出したものと推察することは困難であり、何れもが原本と同一内容を有すると推察することも困難である。殊に(九)は供述者の押印もなく、(十)は供述者、作成者共に押印がないから原本であるか否か不明であることを考えれば、此等許可手続の法令違反は判決に影響を及ぼさないと云うことは出来ないから原判決は破毀すべきものと信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)